曲げわっぱについて
1602年佐竹義宣候が関ヶ原の戦いに豊臣方として戦ったが惨敗したので、水戸より秋田へ禄高を減らされ移ってきたとき、領内の民は窮乏が激しく、その日の生活に困るものさえあるほどでした。当時杣夫(そまふ)が杉の柾目板を割って、曲げ物の器を作りそれを弁当として利用していたのを見て、大館城代佐竹西家は領内の豊富な森林資源を利用して、窮乏を救うため下級武士達に命じ副業として、曲げわっぱの製作を奨励したといわれています。
大館曲げわっぱは、江戸時代以来数十回の大火により、古文書、文献、現物が焼失したと思われ 数が少ないのです。
1980年(昭和55年)に、大館市川口の土蔵から、宝暦年間の文字の曲げわっぱが見つかっています。土蔵の整理をしていると、来客用のお鉢、弁当など数点におよびました。農繁期に水田で働いている手伝いの人や使用人に“おにぎり”を運ぶ際に利用したものらしく、最大の外形が49センチもある楕円形で、蓋がついています。この容器の底の裏に「川口、宝暦十三葵(1763年)五月吉日重右衛門」という墨書きの文字があり、購入年月日、所有者を表しています。今から300年以上前の曲げわっぱです。

大館市谷地町の高橋家からも、文久元年(1861)年の曲げわっぱも発見されています。高橋家のものは小物入れで、高さ11センチ、幅12センチ、中央に“釈尼妙順”と浄土真宗の法名があり、その右に“文久元年”左に“亥酉九月弐八日”とあり中には歯が保存されていました(昔は歯が抜けると保存し宗門によっては棺に入れて埋蔵する風習もあったといわれます)。杉の柾目による精巧な作りで百数十年を過ぎた今でも狂いはミジンもなく、蓋も、吸い付かれたようにキッチリとスキがなくはめ込まれており、見事な工芸品となっています。
大館市の常盤木町のあたりは、昔は「お足軽町」といわれ足軽の住んでいるところでした。足軽たちはこぞって曲げ物の製作に力を入れ、旧藩時代は100人以上の曲げ物細工の職人がいたと伝えられています。当時の曲げ物は主として生活必需品が多く、粉オロシ(コロシ)、ヒシャク、チョウチンノワッカ(上の輪、下の台)等で、特に弁当は、農家の人は丸型で、一升飯が入るように大きく、菜入れは一回り小さく出来、商人は小判型、船乗りは樺の紐通しのついた船弁当、土方、とび職は“あけびつる”で編んだ弁当と、職人により使い良いように形が出来ていました。販路は、近いところは、人馬により青森県や岩手県に、また米代川を船で下がって酒田、新潟、関東へと進出したといわれています。

曲げわっぱができるまで

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